おもいゆくままにいきること。

仕事離職後ワ―ホリに行って帰国した人のブログ

いわさきしゅんいちさん

めろんぱんこです。

 

 

 

 

岩崎俊一さんって、みなさんご存じですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学時代に。

田園都市線のSALUSていうフリーペーパーに掲載されていた

 

 

 

大人の迷子たちっていうトピックスがあって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学生の私でも、いまでも

 

 

 

大好きな文章があって

 

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 地方に住む友人から、娘の結婚式の招待状が届いた。その夜、彼の奥さんから「是非にも」との電話ももらった。
 友人はまじめな男である。公共の色あいが強い会社の技術者として40年勤め上げる一方、朝夕や休日には、父祖伝来の田畑に出る働き者で、毎年季節になると、我が家にダンボール2、3箱の米や野菜を送ってくれる。僕にとっては、何人かいる「かなわない男」のひとりである。
 その彼が「手塩にかけて育てた娘」は、すでにおなかに子どもを宿していた。それだけならよくある話だが、問題は娘の相手が、謹厳な友人一家が出会ったことのない「チャライ男」だということだ。だから、式に一族の老人たちを呼べないという。驚いて腰を抜かすというのだ。とはいえ、大人が全く出ないわけにもいかない。どうやら僕は、そのために選ばれた「腰を抜かさない要員」らしい。
 教会に入って来た新郎を見て感じたのは、落ち着きのなさだった。そわそわと体を動かす。きょろきょろとあたりを見回す。時折舌を出す。式が終った瞬間、列席した仲間と大声ではしゃぎ始めた。記念撮影のため前庭に出ると、式場の門の外に、暴走族風のバイクが幟(のぼり)を立て「祝福」に駆けつけていた。幟には「最狂夫婦」と大書されていた。
 披露宴は、新郎とその仲間の大宴会になった。新郎はマイクを離さず、スピーカーの音が割れるほどの声で何やらまくしたてている。誰かが一気飲みし、誰かが伸ばしたゴムを顔面で受け、誰かが歌い、誰かがはずしたネクタイをベルトに結わえて歩いている。舞台の後ろの壁を見れば、「最狂夫婦」の幟がさんぜんと輝いている。これはどこかで見た風景だと思ったら、毎年1月にニュースで流れる「荒れる成人式」そのものだった。
 会場の「しんと静まり返った側」に座って、僕は昨夜の友人の話を思い出していた。
 娘から話を聞かされた時、彼は「目の前が暗くなった」という。だが、やがてこう考え自分を納得させた。「たとえ、間違った選択であろうと、本人がそうと気づくまで、誰にも止められん」
 披露宴の最後に、整列した新郎新婦と両親にライトが当たる。新郎に父親はいないので、僕は「花嫁の父」が挨拶を始めるものだと思っていた。
 しかし口を開いたのは新郎だった。ふわふわとした言葉を並べる男の隣で、友人はやや俯きながら、口を真一文字に結び、微動だにもせずに前方を凝視していた。無念、という二文字が心に浮かぶ。美しく賢いこの娘の花嫁姿を、友人は敬愛する一族の長老たちにどれほど見せたかっただろうか。
 だが友よ。
 どうか結論を急がないでほしい。親と子の旅は長い。何が幸福の種で、何が不幸の種であるか、僕たち人間にはわからないのだ。ふたりは思いがけなくうまくいくかもしれないし、危惧した通りになるかもしれない。それは、今いる場所からは見えないのだ。そして、たとえ不幸な結果になったとしても、それは別の幸福へのきっかけかもしれない。苦労したらしたで、娘は「人間としての輝きと深み」を増すかもしれない、とも思うのだ。
 そう。勝負は死ぬ時までわからない。

(「SALUS」12月号より引用)

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私が心うたれたのは

 

どうか結論を急がないでほしい。旅は長い。

何が幸福の種でー

の部分からです。

 

今いるところからは未來は見えない。けれど

もしかしたらそれが幸福の種なのかな

 

 

 

 

 

 

例えは岩崎さんとは違うけど

未來は、死ぬときまでわからないという文章が、

 

 

 

風みたいに生きたいと思わせてくれることでもあって

 

 

あんまり人と深く関わりたくない